杉原輝雄さんを偲ぶ
杉原輝雄さんが亡くなられた。
ここ一年、ツアーから遠ざかっていたのは知っていたが、近況は残念ながら存じ上げなかった。訃報の知らせもその日、電車の中でバッタリ会った友人から聞かされ、その足で予定していた忘年会に向かったものの、全く気乗りしないものとなった。
最後にご連絡したのは昨年4月の中日クラウンズで51年連続出場の世界記録を作られたときに打った祝電だ。携帯電話を持たない杉原さんなので、なかなか電話で話せるチャンスも少なく、年賀状などもっぱらお手紙を差し上げるくらいだった。季節のご挨拶などをした際は必ず玲子夫人からお礼のお手紙を頂戴した。その達筆ぶりとセンスの良さは頂くたびの我が家の関心事でもあった。
杉原さんとの出会いはかれこれ11年ほど前に遡る。
当社で発売した健康リング「カレオリング」のイメージキャラクターになっていただいたのだ。このブログでも出だしでご紹介したが、本当に大変お世話になった。
当時、健康リングはちょっとしたブームであり、プロゴルファーの間でもつける人が増えていた。リラックス出来るとか集中力が得られるなどの触れ込みから、パットの精度が高まるとの期待からである。そこで当社もゴルフショップを中心に販売していく展開を決めたのだが、無名のメーカーであり、商品でもあるだけに簡単には取り上げてもらえない。問屋や販売店からは「誰か有名人とタイアップ出来ないんですか?」と言われたが、もともと芸能人、有名人に縁はないし、お金を積んで広告屋に手配してもらうほどの予算もない。しかし人のツテってすごいですね。こんな話、方々にしてるうちに杉原さんに行き着いた。北海道の販売店さんが杉原さんをよくご存知とのことで紹介してくださることになったのである。杉原さんは毎年、北海道開催のツアー(アサヒ緑建シニアカップだったか?)に参戦していたので、タイミングを合わせ北海道での対面が実現した。そしてイメージキャラクターのお願いも快く引き受けて下さったのだった。
杉原さんと言えば「マムシの杉原」とか「ゴルフ界のドン」とかちょっと取っ付き難いイメージだ。確かにマスコミに対してはそんな感じである。でもそこが大阪人気質と言うかコワオモテながらもリップサービスも忘れない。シーズンオフには講演会やイベントでトークにも磨きがかかっている。当社も東京の百貨店イベントの際は何度かお出でいただいたが、結構、盛り上がってた。お客様もコワオモテの杉原さんをイメージしているだけに、そのギャップに最初は戸惑いつつも、その軽妙なトークに巻き込まれているのである。とにかくお客様のためはもちろん、契約メーカーのためにもサービス精神旺盛だった。デサント社のウエア、特にマンシングウエアのマークは旗印だったし、キャスコ社のボール、クラブはパワービルトを長く使っていた。
最後までレギュラーツアーに参戦していた杉原さんであるが、「予選通過の見込みがない選手が出場することで若い選手の出場機会を減らしているのでは」という論調があった。このことに対し「上を引きずり降ろして自力で出てくるのがプロや」と一蹴していたが、後日「杉原のプレーを見て喜んでくれるお客様が一人でもいれば出続ける。」と仰っていた。
ラウンド中はとにかく走っている。当然レギュラーツアーなのでドライバーの飛距離は50ヤードは確実に離される。スロープレーにならないようにティグランドを出るとダッシュするのだ。しかもセカンドのクラブを持って。時には2、3本。しかしキャディは走らせないのである。だから杉原さんのラウンドに帯同するとちょっと奇妙だ。ご本人がめいっぱい走ってる後ろからキャディが悠然と歩いてる。もちろんそうするよう指示してるわけだが、ちなみにキャディは若い女性だった(私が知ってる当時では)。そしてバンカーも自分でならす。クラブの出し入れやライン読みも全部自分でやっていた。ラウンド終了後に「お疲れ様でした」とご挨拶に行くと「中に来なさい」と言ってクラブハウスに招き入れてくれ、お茶をご馳走してくれる。私からするとクラブハウスの中は「あー○○プロだ!」とか「おっ△△プロだよ」とかミーハーそのもので楽しかった(私の個人的な思い出話で恐縮です)。
私が杉原さんと知り合ったときは既に前立腺ガンを発症した後だった。「手術をしたらゴルフ寿命が縮まる」と言って投薬に徹しておられた。「手術をせずに後悔する結果になってはゴルフも出来ない」というアーノルド・パーマーの説得のコメントは杉原さんを心配する人達を代弁するものだったであろう。
今では一般的になった加圧式トレーニングを積極的に取り入れていたのもアスリートでは杉原さんが先駆けではなかろうか。しかも当時老舗の東京府中市のジムに大阪から月に何度も通っていた。「もっと飛距離を出したいから」と仰っていたのが忘れられない。
とにかくゴルフが何よりも優先していた。きっと当社の商品も「ゴルフのため、健康に良いのなら」という思いから引き受けて下さったのではないだろうか。わずかでも貢献できてたら良いのだが。
杉原さん、これまで本当にお世話になりありがとうございました。
上の写真は杉原さんがカメラマンに頼んで自らポーズをとってわざわざ送って下さったものでしたね。本当に感激しました。
コワオモテだけど本当は大変気持ちの優しい方でした。そして周囲に意外なほど気配りされる方でした。でもゴルフ界には常に重鎮としての厳しい目線で提言されていました。そういえばテレビの解説にはついにお出になりませんでしたね。芹沢プロに「10年早い」と仰っていたのが印象的です。でもあちらに行かれたら杉原さんはゴルフ界の中では後輩になるのでしょうか。ちょっと想像できませんね。
今日、JPGAが第一号となるゴルフ殿堂入りを検討してるというニュースがありました。新宝塚CCでは杉原記念館が建てられるとか。「なんでやねん」って言いそうですね。もうラウンドをご一緒させていただくこともないですが、わたし的に来年もゴルフ頑張ります。
ではそちらでもますます杉原節を聞かせてゴルフ楽しんでください。上空だと空気が薄くて念願のドライバーの飛距離アップ実現するかも知れませんね(笑)





















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